研究者の窓ではタツノオトシゴや環境問題などに
関わる研究者の情報を紹介しています

第1回 : タツノオトシゴと共生するクラゲの話

第2回 : 海がよみがえる?!海洋保護区「マリンリザーブ」の話

第3回 : 海がよみがえる?!海洋保護区「マリンリザーブ」の話 その2

第4回 : 不思議なクラゲ 「カイヤドリヒドラクラゲ」の話

第5回 : タツノオトシゴ名前の由来の話



第1回:タツノオトシゴと共生するクラゲの話
 

京都大学 フィ-ルド科学教育研究センタ-
久保田信先生の研究報告より

 「生物の共生」という言葉をご存じですか?
 一般的には、複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象として定義されています。
 例えばアニメーションで人気のクマノミとイソギンチャクの共生はよく知られるところです。
通常、イソギンチャクのモジャモジャとした触手には、触れた魚などを麻痺させて捕食するための刺胞という機能があります。しかしクマノミは体から麻痺毒に反応しない粘液を分泌することで、イソギンチャクの触手に身を隠すことができます。
 実はタツノオトシゴにも興味深い共生が発見されました。それはなんとクラゲとの共生です。海中をフワフワと漂うイメージを持つクラゲですが、浮遊せずに岩などに付着するヒドロポリプと呼ばれる状態をもつものもあります。
 今までにヒドロポリプが魚の体表に付着・共生していることが報告された例は少なく、タツノオトシゴ類においてはこれまでほぼ皆無でした。
 ある日、飼育中のクロウミウマの幼魚の尾部にチアリーダーが持つボンボンのような奇妙な物体が付着していることを見つけました。「なんだろうか?」とじっくりと観察してみるとウネウネと動いていました。どうやら生き物のようです。最初はほとんど目立たない程度の大きさだったものが日々大きくなっていきました。
 この状況を京都大学の久保田信先生に問い合わせた結果、花クラゲ目エダクラゲ科エダクラゲ属の一種であることがことが判明しました。
 また、久保田先生のもとには、和歌山県の海域で採集されたタカクラタツ(タツノオトシゴ属の一種)に付着しているウミサガヅキガヤ科に属するヒドロポリプが届けられたことが報告されています。
 他の生物が魚類に付着している状態は時に「寄生」の場合がありますが、今回は付着生物がタツノオトシゴから栄養を吸収する等の活動はないため、「共生」と位置付けられるようです。
 久保田先生によれば「とりあえずタツノオトシゴにはさしたる影響は見られないようなので片利共生としておきますが、ポリプが宿主の体一面によくはびこった場合は寄生になる可能性があります」とのことです。
*「片利共生」とは一方の生物のみが利益を得ている場合をさし、双方に利益がある場合には「相利共生」と呼びます。
 さて、このタツノオトシゴと共生するクラゲさん。いつまでも放置しておくと、タツノオトシゴの体全体に広がりタツノオトシゴにストレスを与えるなど、困った居候へと変貌する場合もあります。タツノオトシゴハウスではクラゲが付着しない方法をすでに開発しましたのでご安心ください。


写真
クロウミウマの幼魚と共生するクラゲ

今回の情報は財団法人黒潮生物研究所発刊の学術誌「Kuroshio Biosphere」
2008年3月vol.4に掲載されています。

不老不死のクラゲ「ベニクラゲ」研究の第一人者

久保田信先生のホームページはこちらから

不老不死の夢を歌う オリジナルCD♪「ベニクラゲ音頭」はこちらから
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第2回:海がよみがえる?! 海洋保護区「マリンリザーブ」の話
ニュージーランド オークランド大学 名誉教授
ビル・バレンタイン先生の研究報告より
 「マリンリザーブ」もしくは「海洋保護区」という言葉をご存じですか?
 「最近は魚がすっかり獲れなくなった・・・」漁師さんのこんな嘆きの言葉を多くの方は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
 今、私たちの大切な食資源である魚や海藻などの海産物は昔と比べてとても減少していると考えられています。その原因として、人為的な環境破壊や乱獲などが研究者から指摘されています。
 今回は「魚介類を獲り過ぎてしまう」という行為にまったをかけた貴重な研究をご紹介します。
 農業で作られる野菜や畜産業のブタ、牛のように人工下で管理できる食資源とは異なり、漁業は自然界で生産された野生生物を利用しています。日本は高い養殖技術もあり、ブリやタイ、近年ではマグロ養殖が注目を集めていますが、国内漁業のうち養殖が占める割合は4分の1に満たないのが実情です。
 しかしながら広大な海の資源量にも限りはあります、今そこにあるものを全部獲ってしまえばいなくなってしまいますので、私たちは増えた資源の余りをもらっているという考え方が適正です。
 これまでに研究者の間では、乱獲を防ぐために「適正漁獲量」を設けて持続的な利用ができるような研究や禁漁区の設置や稚魚の放流が行われています。しかし現在、漁獲量の減少を招いている結果は、人間が資源管理を行う難しさを示すものとなっています。


 バレンタイン先生はニュージーランドのオークランド大学のリー海洋研究所で、1971年に海洋資源の保護を目的として、海洋保護区「マリンリザーブ」を提案しました。驚くことにこのマリンリザーブの中では商業目的の漁業だけでなく、レジャーでの釣りや海岸で貝を拾うことなどあらゆる採集が厳密に禁止されてしまいます。
 バレンタイン先生によれば「生物多様性の観点から人為的に海洋資源を管理することは非常に困難です。徹底した禁漁区を設けて一切人間が手を加えないありままの海を再現することでそこでの生産量は飛躍的に向上し、同時にリザーブの外への資源供与にも貢献します。」とのことでした。
マリンリザーブ指定区域の看板です。
ニュージーランドの海岸でおおく見られます。

 ただしマリンリザーブが効果的に機能するためには海岸線
10km以上、水深30mの広域な禁漁区が必要で、資源増大をはかりたい海域面積の10%以上をマリンリザーブとすることが理想とのことです。マリンリザーブ設置10年後には磯焼けの海も生まれ変わります。設置後に大型海藻が増加することによって成果が確認できるようです。
 一方、現実的には周辺の海域で漁業を営む人達もいるため、実現には大変な労力を要したそうです。しかし評価は年々高まり、現在ではニュージランド国内で30箇所以上がマリンリザーブとして指定されており、今も毎年増加しています。
マリンリザーブ指定区域の懐中です。
海藻がびっしりと茂っています。

 マリンリザーブ内には大小多数の魚や広大な藻場が形成されるので、ダイビングなどの観光産業や児童教育の場としても有効に活用されています。
 漁業者や釣りを楽しむ人達もマリンリザーブ周辺を利用することで効果的な収穫をあげています。
 マリンリザーブの先駆けとなったニュージーランドは国際的にも注目され、各国から多くの研究者が集まっています。かつてタツノオトシゴハウスの加藤も現地を訪れ、半年間にわたり研究活動のお手伝いをさせて頂きました。マリンリザーブの素晴らしさは本物です!いつの日か日本でも導入されることを願い、多くの方に興味を持って頂けることを期待しております。
 次回は加藤が実際に携わった研究の一端をご紹介させて頂きたいと思います。
マリンリザーブに指定されていない海域です。
日本と同様に磯焼け現象に悩まされています。

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第3回:海がよみがえる?! 海洋保護区「マリンリザーブ」の話 その2

ウェスタン・オーストラリア大学
ティム・ラングルイス先生の研究報告より

 研究者の窓、第2回でご紹介した「マリンリザーブ」について、多くの方に興味を持って頂くことができ嬉しく思っております。
 今回は続編として、ラングルイス博士(当時ニュージーランドオークランド大学在籍)とタツノオトシゴハウスの加藤が2003年にニュージランドで実施した研究をご紹介させて頂きます。
 漁業や釣りなどのあらゆる人為的な採集行為を禁止することによって、海域の生産力を向上させて海洋資源増大に寄与する広域な海洋保護区「マリンリザーブ」の効果が有効であることは、これまでの多くの調査によって立証されてきました。
 そして一般的に関心が寄せられるのは、私たちが食用とする大型魚介類の生息や藻場の繁茂状況です。特にニュージーランドでは日本のイセエビに類似した「ロックロブスター」やマダイにそっくりの「スナッパー」が漁獲対象種として重要な資源となっています。マリンリザーブ指定区域内では、これらの生物が多数生息することは調査によって明らかにされてきましたが、ロブスターのような大型の捕食者が増加することによってそのエサとなる生物の生息密度にどのような影響を与えているかはあまり知られていませんでした。ラングルイス博士はその点に関心を示し、面白い調査方法を考案しました。

 調査はニュージーランド北部にあるリーとタファラヌイという2か所のマリンリザーブで実施しました。
 まず各マリンリザーブ指定区域内と少し区域を外れた場所のロブスターとスナッパーの生息密度の調査結果を右側のグラフに示します。
 グラフ下部の「Reserve」は区域内、「Non-reserve」は区域外を示します。白の棒グラフはロックロブスター(Rock lobster)、灰色の棒グラフはスナッパー(Snapper)の生息密度です。2か所ともロブスターとスナッパーがマリリザーブ内で多く生息することが明確にわかります。
 ロックロブスターは昼間は岩陰に身をひそめていますが、夜になると海底を移動してエサを探すことが知られています。私たちはこのロックロブスターの習性に注目して調査を実施することにしました。
 ロブスターが生息する海底周辺を見渡すと砕かれたハマグリの殻を発見でき、それらはロブスターの頑丈な顎によって砕かれたものだと考えられました。ロブスターは砂の中の二枚貝を好んで食べるようです。
 そこで私たちは、たくさんのハマグリを採集し、それらの殻に色を付けて、マリンリザーブの内外の砂に埋め、埋めた場所に目印を付けて置きました。また、そのうちの3分の1はロブスターが捕食できないように金属製のケージで囲みました。

マリンリザーブ内外の
ロブスターとスナッパーの生息密度
海底に設置したハマグリ保護の用のケージ
 その後、一定期間を置いて埋めたハマグリがどれだけ残っているかを調査した結果、ロブスターの生息密度が高いマリンリザーブ内ではケージを設置した場所はほとんど減らず、ケージを設置しない場所は半数以下になっていたのに対して、リザーブの外ではケージの設置に関わらず、ほとんど減少しませんでした。
 また、調査区域の周辺ではロブスターに砕かれたと思われる、私たちが着色したハマグリの殻が散乱していました。ハマグリはタコやエイにも捕食されるのですが、海底で見つけた殻は、実験用水槽でロブスターに食べさせたハマグリの殻の砕かれ方と同様でした。
 この結果から分析を行うと、海域をマリンリザーブに指定することによって、それまで漁獲対象となっていたロックロブスターの生息数は増加する一方、そのエサとなるハマグリなどの二枚貝の生息数は減少することを示唆し、エサとなる生物の量によって、ロブスターなどの大型生物の許容量も制限されることが推察されました。いくら保護されていても、エサがなければ増え続けることはないということですね。
 一方、今回の調査に用いたハマグリはマリンリザーブの外で採集を行いましたが、天敵のロブスターも少なく、ニュージーランド人がハマグリを食用として漁獲していないことからも、驚くほどの数が砂中に生息していました。
 このことは人間がロブスターの漁獲を開始したことによって生じた現象だろうとラングルイス博士は考えています。そして今後、マリンリザーブ内外の生物相の調査研究が進んでいくことによって、私たち人間が海や海洋生物とどのように向き合っていくべきかを理解していけるものと期待されています。
 
昼間は岩陰にひそむロブスター    
ロブスターに捕食されたハマグリの残殻 

 
今回の情報は学術情報誌「Oecologia」2006年2月号(Volume 147, Number 1)に掲載されています。
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